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2010年8月29日日曜日

NHK歌謡コンサート(2010.8.24)

8月24日NHK歌謡コンサートでクミコが「INORI~祈り~」を唄いました。
ツイッターではオンエア中からINORIに関するツイートが流れ、
番組終了後にも反響があったため、それらのツイートをまとめてみました。
(検索結果すべてではありません。できるだけ沢山の方のアイコンをお載せしたかったので。
 おひとりでいくつもツイートして下さった方、全てを載せられずすみません)
感想をNHKに送りました、というDMを下さった方もいらっしゃいました。
ありがとうございます。
皆さまへの感謝をこめて。

クミコ「INORI~祈り~」@NHK歌謡コンサート(2010.8.24)



2010年8月6日金曜日

感謝。そして、これから。


おかげさまで8月6日の広島へ、6万5千羽の折り鶴を無事届けることができました。
ありがとうございました。


折り鶴は広島の青い空に飛び立ちましたが、
「平和への祈り」をこれで終わらせてはいけないと思っています。
ツイッターでのINORIツイートは今もまだ続いています。
そしてこの「INORI~祈り~」という歌をたくさんの方に聴いて頂くことで、
世界中の人と「祈り」の心を繋げていけたら、と思います。


禎子さんが教えてくれた「命の大切さ」「人を思いやる心」を忘れずに。
「憎しみからは何も生まれない」という祐滋さんの言葉、
「憎しみの連鎖ではなく、愛の連鎖を」というクミコの言葉を合い言葉に。
いつの日か「INORI」が世界共通の言葉となるよう祈っています。

クミコの「INORI~祈り~」、そしてINORIプロジェクトを、
これからもどうぞよろしくお願い致します。


Your Orizuru was delivered to HIROSHIMA on 8/6 2010 
but as our Wish for peace never ends please continue 
              sending your tweets.
(for Movile:Tweet your wish for a peace with  #ORIZURU )


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8月6日午前10時



平和記念公園は車が入れないので、橋のたもとの駐車場で箱を開け、
ここからは人力で運びます。

全国各地から送ってくださったもの、クミコのコンサートで折って頂いたもの、
INORIツイートによって飛び立った折り鶴を、クミコとINORIプロジェクトスタッフが紙で折ったもの。
あわせて6万5千羽。
(千羽以上の千羽鶴も沢山あり、現地に届いたものもあったので実質的には7万羽近く)
千羽鶴で送ってくださった方もありましたが、半分以上は1羽ずつの折り鶴。
それらを全てクミコとスタッフで(作業日、皆勤賞だったのはクミコただひとり)、
糸で繋いで束ねて千羽鶴にして梱包し、ようやくこの日を迎えることができました。





いざ、行かん。
スタッフが片手に折り鶴、片手にカメラ、で撮ったものなので、少々ピンぼけですがお許しを。




この日は快晴。ものすごい暑さでした。空が哀しいほどに青かった。
65年前の朝もこんな青空だったのでしょうか。




ついに、禎子さんの元へ。



数が多いので、折り鶴ブースに吊るすのも、ひと騒動でした。
でも、クミコと祐滋さんがひとつひとつ大切に納めました。



ツイッターでINORIツイートをして下さった方のIDネームを一覧にして、
折り鶴と共に、折り鶴ブースに奉納しました。



みんなで禎子さんに手をあわせ、心をこめて祈りました。

INORIプロジェクトに賛同、ご協力くださった皆さま、本当に有り難うございました。
クミコ、そしてスタッフ一同、心から御礼申し上げます。


広島「幟町小学校」での平和集会


8月6日午前7時 幟町小学校
佐々木禎子さんが通った小学校です。


今日は子どもたちの前で、ふたりで「INORI~祈り~」を唄います。
手にしている千羽鶴は、なんと祐滋さんの奥様が折られたもの。
あまりの小ささ、美しさに、びっくり。
でも禎子ちゃんが薬の包み紙で折った折り鶴も、
こういう小さな折り鶴だったんですね。


校舎の各クラスにいた子ども達が体育館に集まってきました。

そういえば以前INORIツイートに、広島から東京へ嫁いできた方が書かれていました。
東京の学校は8月6日に登校しないと知って驚きました。広島の子ども達
にとって、8月6日に平和を祈る、というのは当たり前の事だったのに、と。



平和記念公園での式典が体育館のスクリーンに映し出されました。

<この地球を笑顔でいっぱいにするために、
ヒロシマの願いを、世界へ、未来へ、伝えていくことを誓います>
2010.8.6「平和への誓い」 (子ども代表・小学六年)





生徒たちの前で、祐滋さんとクミコがふたりで「INORI~祈り~」を。
みんなよそ見することもなく、じっと歌に聴き入っていました。


走るのが得意で活発な元気な女の子だった禎子ちゃんは、
小学校5年の11月に両リンパ腫が腫れはじめ、
翌年の1月と2月にABCC(原爆障害調査委員会)で調査を受け、
「亜急性リンパ腺白血病」と診断されます。
「余命3ヶ月、長くとも1年はもたんでしょう」と。

生徒達が唄う「折り鶴が飛んだ日」聴きながら、クミコはずっと泣いて
いました。禎子さんと同じ年の子どもたちを見て、早く治りますようにと
祈りながら折り鶴を折っていた禎子さんも「こんなに小さかったんだ」と
あらためて思ったら涙がとまらなくなった、と。そして子ども達の声が
まるで天使の歌声のようだった、とも。本当に、この日の青空のように
澄みきった美しい歌声でした。                        


「平和集会」が終わったあと、その体育館からTVの生中継。
この朝広島では各局で特集が組まれていたのですが、こう
いう番組こそ全国放送してほしいと改めて思いました。



澄んだ青空が広が小学校。
きっと禎子さんも見ていてくれましたよね。



*文中の引用はこちらから⇒「佐々木禎子の生い立ち」